2026年5月、航空大手2社がそろって過去最高益を発表した。
ANAホールディングス(ANAHD)は2026年3月期の売上高が過去最高となり、JAL(日本航空)も最終利益が過去最高水準を更新した。インバウンド需要の急拡大と国際線運賃の高値維持、円安効果が重なった結果だ。2026年春闘ではANA5.7%の賃上げ・JAL満額回答と、3年連続の高水準が続く(出所:各社プレスリリース、2026年3月)。
転職希望者にとって「業績絶好調=転職コスパが高い」と見えるのは自然なことだ。しかし有価証券報告書のデータを見ると、話はそう単純ではない。
結論を先に言う。JAL(日本航空)の2025年3月期有報から算出した推計実質時給は¥4,577/h。全28業種で上位圏に入るが、月残業10.2時間が時給を下押しする構造は続いている。ANA HD(ANAホールディングス)は持株会社であり、実際に飛行機を飛ばすANA(全日本空輸)とは別法人——有報の数字は転職希望者が見るべき会社の数字ではない。
「過去最高益だから今すぐ転職する」という判断の前に、有報データを正しく読む方法を解説する。
JALとANA HDの実質時給を有報データで比較
結論:JAL推計¥4,577/h・ANA HD推計¥3,620/h——月残業10時間超が時給を下押し
以下は、各社の有価証券報告書(2025年3月期)に記載された公開データをもとに、TimeValueの実質時給計算式(残業割増1.25倍補正)を適用して算出した推計値だ。
| 企業名(有報法人) | 平均年収 | 月残業 | 平均年齢 | 推計実質時給 | 推計TEI |
|---|---|---|---|---|---|
| JAL(日本航空) | ¥949万 | 10.2h | 39.7歳 | ¥4,577 | 115 |
| ANA HD(ANAホールディングス) | ¥730万 | 推定6h前後 | 45.5歳 | ¥3,620前後 | 約80 |
| (参考)証券業界平均 | — | 3.1h | 43.3歳 | ¥4,935 | 114.0 |
| (参考)情報・通信業界平均 | — | 5.8h | — | ¥3,461 | 83.6 |
出所:各社2025年3月期有価証券報告書(EDINET開示)。実質時給・TEIはTimeValue計算式を適用した推計値。ANA HDの月残業は持株会社の推定値。
JALの推計¥4,577/hは、証券業界平均(¥4,935)に近い水準で、全28業種のランキングでは上位圏に入る。しかし残業時間が最大の問題だ。月残業10.2hは、全業種の中でも建設業(10.6h)・電気ガス業(10.9h)と並ぶ長めの部類に入る。
計算してみれば明快だ。JALが月残業10.2hを5hまで短縮できたとすれば(年収不変の仮定で)、実質時給は¥4,577から約¥4,750前後まで上昇する計算だ。「最高益・賃上げ」ではなく、残業時間の短縮のほうが時給改善の即効性が高いという事実を、有報データは示している。
「最高益・賃上げ5%台」でも実質時給の改善が遅れる3つの理由
結論:タイムラグ・「率」の罠・残業の固定化——この3点が絡み合う
理由1:業績→賃上げ→有報反映には1〜2年のタイムラグがある
2026年3月期の最高益は、2026年5月に開示された。しかし有報の「従業員の状況」欄に記載される平均年収・残業時間は、前期(2025年3月期)のデータが多い。「今期最高益」の恩恵が次の有報に反映されるのは、早くても2026年3月期有報が開示される2026年6〜7月以降だ。
転職市場で「今が狙い目」と感じるタイミングに有報を確認しても、見えているのは1年前の数値かもしれない。
理由2:賃上げ率5.7%は「額面基本給」の率——残業時間は別の話
ANA5.7%の賃上げは基本給の伸び率だ。月残業10hが維持されれば、分母の総労働時間(所定+残業)がほとんど変わらないため、実質時給の改善幅は「率5.7%」より小さくなる。例えば基本給月40万円の5.7%は月2.3万円の増加だ。これは時給で見ると年間で約¥130〜150/h程度の改善にすぎない。
理由3:航空会社の残業は構造的に削減しにくい
航空運航は天候・機材繰り・乗務員のスケジュール調整に左右される。「本日の残業ゼロ」を徹底できるオフィス業務とは根本的に異なり、残業の発生が構造的に組み込まれやすい。2024年問題(陸運の残業上限規制)の恩恵も直接は受けない。
「持株会社の罠」——ANA HDとANA(全日本空輸)は別の法人
結論:有報の平均年収がどの法人かで、時給の意味が180度変わる
航空業界で最も重要で、かつ最も見落とされがちなのが「持株会社と運航会社の分離」だ。
| 法人名 | 証券コード | 有報の位置づけ | 従業員の主な構成 |
|---|---|---|---|
| ANAホールディングス | 9202 | 持株会社(上場) | 経営企画・財務・法務・IT・IR等の管理スタッフ中心 |
| 全日本空輸(株)(ANA) | 9202の子会社 | 持株会社の連結対象。独自の有報は通常非公開 | 操縦士・CA・整備士・地上職など航空運送従事者 |
| 日本航空(株)(JAL) | 9201 | 上場(航空事業を直接運営) | 操縦士・CA・整備士・地上職・本社スタッフ混在 |
ANAホールディングスの有報には「連結従業員数」と「(単体)従業員の状況」が記載されるが、平均年収・平均残業時間は持株会社(単体)の本社スタッフの数字になる。ここには、実際に飛行機を飛ばしているパイロット・CA・整備士・地上職の大半は含まれない。
一方JAL(日本航空株式会社、証券コード9201)は持株会社制を採用しながらも、航空事業を主体として運営する構造のため、有報の従業員数・年収データに運航従事者が含まれやすい——とはいえ職種別の詳細は開示されないため、注意は引き続き必要だ。
「ANAかJALか悩んでいる」転職希望者がまず確認すべきは、どの法人への入社なのか、そしてその法人の有報データがどこまで実態を反映しているか——この2点だ。業種の「航空業界」という括りだけで判断すると、全く異なる雇用条件の会社を同一視することになる。
空運業は全28業種でどこに位置するか
結論:大手2社は上位圏だが、業界平均は個社差・構成の偏りで変動する
全28業種の業界別実質時給ランキング(TimeValue、上場4,003社・2026年4月更新)では、空運業は大手2社(JAL・ANA HD)が中〜上位圏に入る一方、業界平均は大手の数値より低くなる傾向がある。
参考として、隣接する輸送系業種との比較を見てほしい。
| 業種 | 社数 | 平均実質時給 | 月残業 | TEI |
|---|---|---|---|---|
| 海運業 | 11社 | ¥5,265 | 4.7h | 131.8 |
| 陸運業 | 82社 | ¥3,328 | 7.2h | 80.6 |
| 空運業 | 少数 | *要確認 | — | — |
| 倉庫・運輸関連業 | — | *要確認 | — | — |
*空運業・倉庫・運輸関連業の業界平均実質時給・TEIはTimeValueの業種別ランキングで確認。
海運業(¥5,265、全28業種1位)は少数の大型船舶会社で構成され、高年収・中残業という独特の構造を持つ。一方、陸運業(¥3,328、17位)は82社が対象で中〜下位圏に位置する。空運業はこの2業種の「間」に位置するとみられるが、対象社数が少ないため業界平均は1〜2社の影響を強く受けやすい。
重要なのは「業界平均」より「個社の実質時給」だ。JALの推計¥4,577と陸運業の業界平均¥3,328は同じ「輸送」系でも¥1,249/hの差がある。全業種の詳細は業界別ランキング記事で確認を。
TEIで見る「若いうちに稼げるか」——ANA HDとJALの差
結論:JAL推計TEI約115は証券業界平均と同水準。ANA HDは全業種平均並み
TEI(タイム効率指数)は「実質時給 ÷ 平均年齢」で算出するTimeValueの独自指標だ。若いうちにどれだけ効率よく稼げるかを示す。
JALの推計TEI(¥4,577 ÷ 39.7歳)= 約115。これは証券業界平均のTEI 114.0とほぼ同水準で、全28業種でも上位2〜3位圏の数値だ。平均年齢39.7歳という若い組織構造がTEIを押し上げている。
ANA HDの推計TEI(¥3,620 ÷ 45.5歳)= 約80。これは全28業種の平均水準に相当する。持株会社の平均年齢が45.5歳と高いことがTEIを押し下げており、「若くて高時給」という意味では別の業種・企業を探したほうがコスパが良い場合もある。
| 比較 | JAL(推計) | ANA HD(推計) | 参考:証券業界平均 |
|---|---|---|---|
| 実質時給 | ¥4,577/h | ¥3,620前後 | ¥4,935/h |
| 月残業 | 10.2h | 推定6h前後 | 3.1h |
| 平均年齢 | 39.7歳 | 45.5歳 | 43.3歳 |
| TEI | 約115 | 約80 | 114.0 |
TEIが高い業界・企業への転職が「若いうちのコスパ最大化」につながる理由はTEIランキング記事で詳しく解説しているので参照してほしい。
航空業界への転職で「コスパを正しく判断する」3ステップ
結論:業績ニュースより有報の3指標——実質時給・TEI・残業時間を個社別に確認する
ステップ1:持株会社か事業会社かを確認する(最重要)
「ANA転職」「JAL転職」という志望でも、実際にどの法人への採用かを確認する。ANAホールディングス(持株会社)への採用は管理部門中心であり、ANA(全日本空輸)への採用はパイロット・CA・整備士・地上職など運航サービス部門が中心だ。有報の平均年収・残業時間は持株会社のものであり、事業会社とは大きく異なる。
ステップ2:TimeValueで個社の実質時給・TEI・残業時間を確認する
JAL(9201)とANA HD(9202)の有報ベースの実質時給・月残業・TEIはTimeValueの時給ランキングで個社検索できる。業界平均でなく個社の実数を見ることで、業績ニュースに惑わされない正確な判断ができる。
ステップ3:職種の実態を追加調査する
パイロット・CA・整備士・地上職・本社スタッフでは年収・残業・勤務形態が全く異なる。有報の「全社平均」はこれらをすべて混合した値だ。志望する職種の実態は採用情報・口コミサイト・OB/OG訪問で補完することが不可欠だ。
まとめ
| 確認項目 | JAL(推計) | ANA HD(推計) | 確認方法 |
|---|---|---|---|
| 実質時給 | ¥4,577/h | ¥3,620/h前後 | TimeValueランキング |
| 月残業 | 10.2h | 推定6h前後 | 各社有価証券報告書 |
| 平均年齢 | 39.7歳 | 45.5歳 | 各社有価証券報告書 |
| 推計TEI | 約115 | 約80 | TimeValueランキング |
| 法人の性格 | 航空事業会社 | 持株会社 | 採用情報を確認 |
| 春闘賃上げ率 | 満額回答 | 5.7% | 各社プレスリリース |
| 業績(2026.3期) | 過去最高益 | 過去最高益 | 決算短信 |
「過去最高益=転職コスパが高い」は、有報を読む前は成立しそうに見える。しかし実際は残業時間・持株会社構造・タイムラグの3点で、感じる好況と実質時給の改善には大きなズレがある。
航空業界への転職を検討するなら、まず有報の実質時給とTEIを確認し、次に持株会社か事業会社かを確認し、最後に職種別の実態を調査する——この順番を守ることがコスパを最大化する鉄則だ。
業界・企業ごとの実質時給・TEI・残業時間はTimeValueの時給ランキングで検索できる。新卒・第二新卒の方は新卒ランキングで初任給ベース時給もチェックを。関連記事として全業種の実質時給ランキング2026と陸運・物流業への転職コスパも参照することで、輸送系業種を横断した比較ができる。
本記事の推計実質時給・推計TEIは、各社2025年3月期有価証券報告書(EDINET開示)に記載された平均年収・平均残業時間をもとにTimeValueの計算式を適用した推計値です(税引き前)。ANA HDの月残業時間は持株会社の推定値を使用。実際の数値はTimeValueの時給ランキングでご確認ください。春闘賃上げ率は各社2026年3月公表のプレスリリースに基づきます。最新の開示情報も合わせてご確認ください。