2025年、日本の正社員転職率は7.6%と2018年以降最高水準を記録した(マイナビキャリアリサーチLab「転職動向調査2026年版」2026年3月)。特に20代の転職者が年収アップを実現した割合が最も高く、3年連続の春闘5%超賃上げも追い風に、「転職で給料を上げる」という動きは2026年も加速している。
しかし、ここに見落とされがちな落とし穴がある。転職後の「年収アップ」は本当にコスパが良いのか——という問いだ。
答えから言おう。年収と残業時間だけで転職先を選ぶと、「働いた時間あたりの稼ぎ(実質時給)」が実は改善されていない会社を選んでしまうリスクがある。さらに、その稼ぎが「20代・30代という価値あるキャリア形成期に得られるか」という時間的コスト、つまり**タイパ(時間対効果)**を無視した転職は、長期的に損になりうる。
TimeValueでは上場企業4,003社の有価証券報告書(EDINET開示)データから、**実質時給÷平均年齢=TEI(タイム効率指数)**という独自指標を算出している。本記事ではTEIを使って「本当にコスパがいい転職先」を見極める方法を、実データとともに解説する。
TEI(タイム効率指数)とは何か
結論:「若いうちに高い時給を得られるか」を1つの数字で表す指標
TEI= 実質時給(円)÷ 平均年齢(歳)
例えば、A社の実質時給が¥4,000で平均年齢40歳なら、TEI=100。 B社の実質時給が¥3,200で平均年齢28歳なら、TEI=114。
年収や時給の絶対額はA社が上だが、タイム効率(年齢あたりの稼ぎ)はB社が上。20代・30代にとっては「今の年齢でどれだけ稼げるか」が将来の年収交渉・スキル市場価値・キャリア選択の幅に直結するため、TEIは単なる時給以上に重要な指標になる。
実質時給とは何か。有価証券報告書の「平均年収」と「月間平均残業時間」から、割増残業(法定外1.25倍・月60時間超1.5倍)を補正して算出した値だ。みなし残業が含まれる企業はその時間を分母の労働時間に加算し、「残業代で水増しされた額面年収」を正しく割り引いて評価できる。
なぜ年齢で割るのか
年功序列型の会社では、平均年収が高くても「40代以降でようやくその水準に達する」ことが多い。平均年収800万円・平均年齢46歳の会社と、平均年収650万円・平均年齢34歳の会社を比べると、後者のほうが20代・30代にとって「今もらえる給料」は高い可能性がある。
TEIは、この**「今の平均年齢でその実質時給を得ている」**事実をシンプルに1数値に落とし込む。TEIが高いほど「若い組織で既に高い時給」を実現している、つまりコスパ・タイパが高い会社だ。
業界別TEIランキング2026(上場4,003社)
結論:TEIが高いのは「高年収×短残業×若い組織」の業界。海運・証券・不動産が上位
以下はTimeValueが有価証券報告書データから算出した業界別TEIランキングだ(対象4,003社、データ最終更新2026年4月)。
| 順位 | 業種 | 業界TEI | 平均実質時給 | 平均年齢 | 平均残業/月 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 海運業 | 131.8 | ¥5,265 | 40.0歳 | 4.7h |
| 2 | 証券、商品先物取引業 | 114.0 | ¥4,935 | 43.3歳 | 3.1h |
| 3 | 保険業 | 105.1 | ¥4,520 | 43.0歳 | 7.6h |
| 4 | 医薬品 | 95.1 | ¥4,240 | 44.6歳 | 3.9h |
| 5 | 不動産業 | 98.4 | ¥3,864 | 39.3歳 | 3.0h |
| 6 | 銀行業 | 91.2 | ¥3,853 | 42.2歳 | 5.5h |
| 7 | 電気・ガス業 | 88.6 | ¥3,734 | 42.1歳 | 10.9h |
| 8 | 建設業 | 87.2 | ¥3,766 | 43.2歳 | 10.6h |
下位の業界は、実質時給が低いか平均年齢が高い(またはその両方)の傾向がある。
| 業種 | 業界TEI | 平均実質時給 | 平均年齢 |
|---|---|---|---|
| 小売業 | 68.2 | ¥2,834 | 41.6歳 |
| 繊維製品 | 69.7 | ¥3,100 | 44.5歳 |
| パルプ・紙 | 71.3 | ¥3,021 | 42.4歳 |
| その他製品 | 72.6 | ¥3,063 | 42.2歳 |
| サービス業(平均) | 80.0 | ¥3,108 | 38.9歳 |
注目すべきは不動産業(TEI 98.4)と建設業(87.2)の差だ。両業界の実質時給は大きく変わらないが、残業時間(不動産業3.0h vs 建設業10.6h)の差が時給に直結し、さらに平均年齢(39.3 vs 43.2)の差がTEIを開かせている。「残業が多いと時給が下がり、組織が年齢的に高いとTEIも下がる」という2重のコスパ悪化が見える典型例だ。
電気・ガス業(88.6)と建設業(87.2)はTEIが近いが、電気・ガスは残業が月10.9hと多いにもかかわらず実質時給が高いため、業界平均年齢(42.1)が救っている。
個社TEIランキング TOP 5(上場全社中)
結論:業界平均TEIの2〜3倍を超える個社が存在する。残業ゼロ・高年収・若い組織が条件
業界平均TEIが最高の海運業でも131.8だが、上場企業個社で見ると桁違いのTEIを持つ企業がある。
| 順位 | 企業名 | 業種 | 平均年収 | 実質時給 | 平均年齢 | TEI | 残業/月 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 株式会社光通信 | 情報・通信業 | 2,409万円 | ¥12,545 | 33.6歳 | 373 | 0h |
| 2 | M&Aキャピタルパートナーズ | サービス業 | 2,266万円 | ¥11,801 | 34.8歳 | 339 | 0h |
| 3 | 株式会社キーエンス | 電気機器 | 2,039万円 | ¥10,620 | 35.9歳 | 296 | 0h |
| 4 | インテグラル | 証券、商品先物取引業 | 2,136万円 | ¥11,123 | 40.1歳 | 277 | 0h |
| 5 | 三井物産 | 卸売業 | 1,996万円 | ¥9,925 | 42.3歳 | 235 | 6.1h |
光通信(TEI 373)は、業界最高水準の海運業(131.8)の約2.8倍のTEIを持つ。残業ゼロ・高年収・比較的若い組織(平均年齢33.6歳)という3条件がそろった結果だ。
面白いのは、実質時給ではインテグラル(¥11,123)がキーエンス(¥10,620)を上回るが、TEIの順序は逆転していることだ。インテグラルは平均年齢が40.1歳とキーエンス(35.9歳)より高いため、TEIはキーエンス296に対しインテグラル277となる。20代・30代のキャリア選択なら、時給の差(523円)より年齢のコスパ(TEI差19)を重視する視点が有効だ。
M&Aキャピタルパートナーズ(TEI 339)はサービス業に分類されているが、業界平均TEI(80.0)の実に4倍超のTEIを持つ。業界のイメージでフィルタリングすると、このような個社の突出を見逃す典型例といえる。
TEIが高い企業の3つの共通点
共通点1:残業がゼロまたは極端に少ない
TOP 5の企業はすべて残業が0〜6.1時間と短い。残業が長い会社では、時給の分母(年間労働時間)が増えてTEIが下がる。有価証券報告書に開示される残業時間は「管理職を除く従業員平均」のため、口コミサイトより客観性が高い一次情報として活用できる。
月残業10時間と30時間の差は年間で約240時間。実質時給に換算すると、同じ年収の会社でも約12%の時給差になる。
共通点2:付加価値が高い業態(B2B・金融・専門職)
TEI上位の企業は、M&A仲介・商社・精密機器メーカー・証券など、人数が少なくても高い付加価値を生み出せる業態に集中している。店舗・大量人員・物流に依存する業態は、賃上げを実施しても単位あたりの人件費天井が低く、TEIが伸びにくい。
共通点3:組織の平均年齢が35〜42歳前後で高すぎない
最もインパクトが大きい特徴は「若い組織でも高い時給を既に得ていること」だ。年功序列型の大企業では平均年齢が上がるほど平均年収も上がるが、TEIは下がる。TEIが高い企業は「若い平均年齢のうちから既に高い実質時給を出している」という意味で、20代・30代の入社者にとって最もコスパが高い環境を提供できている。
転職活動でのTEI活用法
ステップ1:志望業界のTEIを確認して「当たりの業界」を絞る
上の業界別TEIランキングで、志望業界の位置を確認する。業界TEI 90超の業界(海運・証券・保険・不動産・医薬品・銀行)と、70台の業界(小売・繊維・パルプ)では出発点の格差が大きい。同じ「IT転職」でも、SIer寄りと外資コンサル・独立系M&Aアドバイザー寄りとでは個社TEIが全く異なる。
ステップ2:個社TEIを時給ランキングで確認する
TimeValueでは個別企業の実質時給・残業時間・TEIを全4,003社横断で検索できる。「業界TEIは高いが個社TEIが低い」という逆転は珍しくない。業界で当たりを付けたら、個社の実値で最終確認する。
ステップ3:転職後の「想定TEI」を試算する
内定先の提示年収・想定残業時間・有報に開示された平均年齢の3つが揃ったら、TEIを自分で計算できる。
- 想定実質時給を計算する:提示年収 ÷(月160時間 + 残業時間×1.25)÷ 12
- 想定TEIを計算する:想定実質時給 ÷ 内定先の平均年齢
- 現職のTEIと比較する:上がっているかを確認する
例えば、現職の実質時給¥2,500・平均年齢40歳(TEI 62.5)から、転職先の提示年収650万・月残業20時間・平均年齢38歳の会社に移ると:
- 想定実質時給=650万 ÷(160+25)÷ 12≒¥2,928
- 想定TEI=2,928 ÷ 38≒77.1
TEIは62.5 → 77.1と改善する例だが、もし同条件で月残業40時間に増えると、想定時給¥2,600・TEI68.4と現職比では改善幅が縮小する。「年収アップ幅」だけ見ると見落とす残業増の影響が、TEI比較で一目瞭然になる。
なぜ今こそ「タイパ」で転職先を選ぶべきか
2025年の転職率7.6%は、今後さらに上昇する可能性が高い。転職促進の公的施策・ジョブ型雇用の普及・副業解禁が同時進行する中で、「キャリアの流動性」は一層高まる。
その環境では、1社にいる期間が短くなるほど「入社時点でのTEIの高さ」が重要になる。長く同一会社にいれば年功で時給が上がるが、10年後に別会社に移ることを視野に入れるなら、「今の時給・今のTEI」がそのままキャリアの市場価値に直結する。
また、2026年春闘の賃上げ率5.26%(連合第1回集計、2026年3月)は主に大手企業が牽引した数字だ。小規模企業や労働集約型業種では5%に達していない場合も多く、「業界や企業によって賃上げ恩恵の格差が拡大している」のが実態だ。TEIで見ると、この格差は既に数値として可視化されている。
まとめ
| 確認項目 | 判断の目安 | 確認場所 |
|---|---|---|
| 業界TEI | 90以上が望ましい(海運・証券・保険・不動産・医薬品が上位) | 本記事の業界TEI表 |
| 個社実質時給 | 業界平均以上か | 時給ランキング |
| 個社TEI | 業界平均TEIを大きく上回るか | 時給ランキング |
| 残業時間 | 月5時間以下が時給・TEIに有利 | 有報・企業ページ |
| 平均年齢 | 若い組織(35〜40歳前半)か | 有報 |
| 想定TEI | 現職のTEIを上回るか | 自己試算(上記ステップ3) |
2025年の転職率は2018年以降最高の7.6%に達し、20代の年収アップが最も顕著だが、年収の絶対額だけで転職先を選ぶと「残業増・年齢加算」でTEIが下がるリスクがある。「年収÷残業時間÷年齢」という3軸で評価するTEIこそ、タイパ重視の転職選択の核心だ。
個別企業の実質時給・TEI・残業時間はTimeValueの時給ランキングで横断検索できる。新卒・第二新卒の方は新卒ランキングで初任給ベースのTEIを確認してほしい。関連記事として、ホワイト企業の見分け方|残業・実質時給・TEIで判定する、業界別の実質時給ランキング2026、転職の年収交渉「タイミング」と「金額」の正解も合わせて参考にしてほしい。
本記事の実質時給・TEI・業界平均は、EDINETに開示された有価証券報告書のデータを基に TimeValue が算出した推計値です(対象4,003社、データ最終更新2026年4月)。平均年齢は各社有価証券報告書の開示値を使用。転職率は株式会社マイナビ「転職動向調査2026年版(2025年実績)」(2026年3月公表)に基づきます。個別企業の判断は最新の開示情報も合わせてご確認ください。