2026年度の新卒採用で、大手企業を中心に「初任給30万円超え」が急速に広がっている。帝国データバンクの調査(2026年2月発表)によると、企業の67.5%が2026年度入社の新卒社員の初任給を引き上げ、平均引き上げ額は9,462円に達した。丸紅は30万5千円から33万円へ、住友生命は「基本給29万円+固定残業代(20時間分)4万5千円=月33万5千円」と発表している。
だが**「初任給の額面が高い=コスパが良い」とは言い切れない**。住友生命の例が示すように、33万5千円の内訳が「基本給29万円+固定残業代」なら、月20時間の残業が前提となる。この場合の実質時給は約¥1,861——同じ月33万5千円を残業なしで得る場合(¥2,094)より11%低い。
TimeValueでは上場企業4,003社(有価証券報告書、データ最終更新2026年4月)の実質時給を算出している。本記事では、この一次データと業界TEIを使い、「初任給の額面に騙されない会社選び」の方法を解説する。
なぜ「初任給の額面」だけでは比較できないのか
結論:固定残業代が込みかどうかで、実質時給は10〜20%変わるから
同じ「月給33万5千円」でも、固定残業代の有無と時間数によって実際の時給は大きく違う。
| 月給 | 固定残業(込みの時間) | 月間労働時間(目安) | 実質時給 |
|---|---|---|---|
| 33万5千円 | なし(所定160h) | 160時間 | ¥2,094 |
| 33万5千円 | 20時間込み | 180時間 | ¥1,861 |
| 33万5千円 | 45時間込み | 205時間 | ¥1,634 |
※月間所定160時間、残業は法定割増(1.25倍)で補正した推計。
固定残業45時間込みの場合、残業なしと比べると実質時給の差は**¥460/時**にのぼる。年間所定労働(約1,920時間)で換算すれば、約88万円分の「時間コスト」が額面に隠れている計算だ。
2026年春闘の賃上げ率は5.26%(連合第1回集計)。額面が上がっても固定残業代の時間数が同時に増えれば、実質時給の上昇は相殺される。初任給は「基本給はいくらか」と「固定残業が何時間分含まれているか」をセットで確認するのが鉄則だ。
固定残業代込みの「実質時給」を自分で計算する方法
結論:「月給 ÷(160 + 固定残業時間)」でおおよその時給がわかる
求人票に「月給○○万円(固定残業△時間分を含む)」と記載されていれば、実質時給は次の簡易式で概算できる。
実質時給(概算)= 月給 ÷(所定月間労働時間 160h + 固定残業時間)
例えば、月給32万円・固定残業30時間の場合:
320,000円 ÷ 190時間 = ¥1,684
一方、月給28万円・固定残業なし(残業ゼロ)の場合:
280,000円 ÷ 160時間 = ¥1,750
「月給32万円 > 28万円」だが、実質時給は逆転する。額面だけで選ぶと損な判断をするリスクがある。
有価証券報告書の「従業員1人当たり平均月間所定外労働時間」も参照すると、会社全体での残業実態がわかる。固定残業の設定時間より実際の残業時間が短い会社は、固定残業代を「受け取り得」にできる稀なケースだ。逆に設定を大幅に超えて働かせる会社は注意が必要だ。
業界別「TEI(タイム効率指数)」で長期的なコスパを比較する
結論:初任給より「TEI」が高い業界のほうが、若いうちから時給が伸びやすい
初任給はあくまで「スタートの金額」だ。長期的なキャリアコスパを測る指標として、TimeValueでは**TEI(タイム効率指数)**を算出している。
TEI = 実質時給 ÷ 平均年齢
TEIが高い業界は年齢に頼らず時給が高い——つまり若手のうちから稼ぎやすい構造を持つ。
下表は上場4,003社の有価証券報告書データ(2026年4月更新)から算出した業界別TEIと実質時給(TimeValue推計値)。
| 順位 | 業界 | 業界TEI | 平均実質時給 | 平均年齢 | 平均残業/月 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 海運業 | 131.8 | ¥5,265 | 40.0歳 | 4.7h |
| 2 | 証券、商品先物取引業 | 114.0 | ¥4,935 | 43.3歳 | 3.1h |
| 3 | 保険業 | 105.1 | ¥4,520 | 43.0歳 | 7.6h |
| 4 | 不動産業 | 98.4 | ¥3,864 | 39.3歳 | 3.0h |
| 5 | 銀行業 | 91.2 | ¥3,853 | 42.2歳 | 5.5h |
| 6 | 電気・ガス業 | 88.6 | ¥3,734 | 42.1歳 | 10.9h |
| 7 | 建設業 | 87.2 | ¥3,766 | 43.2歳 | 10.6h |
| — | 小売業 | 68.2 | ¥2,834 | 41.6歳 | 4.8h |
TEI 131.8(海運業)と TEI 68.2(小売業)の差は約1.93倍。同じ年齢の従業員でも、業界によって実質時給は2倍近く違う計算になる。
25歳時点の推定実質時給を「業界TEI × 25」で概算すると:
| 業界 | 業界TEI | 25歳の推定実質時給(概算) |
|---|---|---|
| 海運業 | 131.8 | 約¥3,295 |
| 証券業 | 114.0 | 約¥2,850 |
| 保険業 | 105.1 | 約¥2,628 |
| 不動産業 | 98.4 | 約¥2,460 |
| 銀行業 | 91.2 | 約¥2,280 |
| 小売業 | 68.2 | 約¥1,705 |
※TEIは全従業員の統計から算出した業界平均値。個社・個人の実態を保証するものではなく、業界水準を比較する目安として使用すること。
初任給の差は業界間で数万円程度に収まることが多い。しかし入社後5〜10年で時給差は数百円単位になり、年間労働時間(約2,000時間)を掛けると数十万〜100万円規模の所得格差に広がりうる。就職先の「初任給の額面」より「業界TEI」を確認することで、長期的なコスパ判断が正確になる。
有価証券報告書で確認すべき3つのポイント
結論:初任給と合わせて「固定残業時間」「有報の残業実績」「TEI」を必ずセットで確認する
転職・就活で会社を選ぶ際、有価証券報告書(EDINET開示)および各社採用ページで以下の3点をチェックすることで、初任給に惑わされない判断ができる。
1. 固定残業代の有無と時間数
求人票の「月給○○万円(固定残業△時間分を含む)」の時間数が大きいほど、実質時給は低くなる。住友生命の例では20時間だが、業界によっては40〜45時間設定も珍しくない。「固定残業の時間 ≦ 自分の想定残業時間」であれば固定残業制はむしろ有利に働くが、超過分が未払いの場合は違法だ。
2. 月間平均残業時間(有価証券報告書の開示値)
固定残業の設定時間と、実際の平均残業時間のギャップを見る。設定より大幅に長い会社は「残業代カット」の懸念がある。有報の残業時間は虚偽記載が金融商品取引法違反になるため、口コミサイトより客観性が高い点に注目したい。
3. 平均年齢とTEI
同じ業界内でも会社ごとにTEIは大きく異なる。TimeValueの時給ランキングでは個社ごとの実質時給・TEI・月間平均残業時間を一覧できる。個社のTEIが業界平均を大きく下回る場合、「年齢を重ねても時給が伸びにくい構造」の可能性がある。新卒なら新卒ランキングで初任給を時給換算した一覧も確認できる。
まとめ
| 確認ポイント | なぜ重要か | 確認場所 |
|---|---|---|
| 固定残業代の有無・時間数 | 込みの時間が長いほど実質時給が低い | 求人票・内定通知書 |
| 月間平均残業時間(実績) | 固定設定と実態のギャップ=残業代未払いリスク | 有価証券報告書(EDINET) |
| 業界TEI | 年齢対比で稼ぎやすい構造かを示す | TimeValue ランキング |
| 個社の実質時給 | 同業他社との絶対値比較 | TimeValue ランキング |
「初任給が上がった」ニュースは歓迎すべきことだ。しかし数字の「内訳」——固定残業代が何時間分含まれているか——を確認しなければ、実質的な手取り時給を誤って評価する。額面より実質時給とTEI。これが2026年の「本当に得な就職先」を選ぶ鉄則だ。
初任給が高い企業に興味があるなら、まずTimeValue の新卒ランキングで初任給を時給に換算し、同業他社と比べてほしい。業界全体の時給水準は業界別実質時給ランキングも参考になる。全上場企業の実質時給・TEI一覧はランキングページから確認できる。
本記事の実質時給・TEIデータは、EDINETに開示された有価証券報告書を基に TimeValue が算出した推計値です。初任給・固定残業代のデータは各社公表値および報道(帝国データバンク 2026年2月調査)に基づきます。個別企業・個人の実態を保証するものではありません。