2026年春闘の賃上げ率は、連合の第2回回答集計で5.12%(2026年3月公表)、経団連の大手企業集計では**5.46%**と、3年連続の5%超が続いている(出典:連合「2026年春季生活闘争第2回回答集計結果」2026年3月)。こうした賃上げ機運を背景に転職市場が活況を呈しているが、ここに重大な盲点がある。
年収が100万円上がっても、残業時間が月20時間増えれば実質時給は現職より下がる——この「逆転現象」を知らずに転職先を選ぶと、「年収が上がったのになぜか割に合わない」に陥る。
TimeValueでは上場企業4,003社(データ最終更新2026年4月)の有価証券報告書(EDINET開示)から、残業割増を補正した「本当の時給」(実質時給)を算出している。本記事ではその独自データと計算式を使い、「年収アップ」と「残業時間増加」がぶつかる損益分岐点を数字で可視化する。
なぜ「年収アップ=コスパ改善」にはならないのか
結論:年収は「働いた時間の対価の合計」なので、時間が増えれば1時間あたりの単価は必ず落ちる
転職先を比べるとき、多くの人は「年収A社600万 vs B社700万なら100万円得」と計算する。しかしこれは残業時間が同じ場合にしか成り立たない。
現実には転職先のほうが残業が多いケースは珍しくない。TimeValueの上場4,003社データで業界別の平均残業時間を見ると、最も少ない業種(証券・不動産)が月3時間台、最も多い業種(建設・電気ガス)が月10時間超と、業界によって3倍以上の差がある。
高年収の業界・企業に転職しても、残業が増えれば実質時給は必ず下がる。これが「年収は上がったのに割に合わない」の構造的な原因だ。
「年収アップvs残業増加」どちらが勝つか——損益分岐点の計算方法
結論:年収+50万円アップでも残業が月+10時間増えれば実質時給の改善効果はほぼ消える
実質時給の計算式(TimeValueと同じロジック)は以下のとおりだ。
実質時給 = 年収 ÷ 年間実働時間(換算後)
年間実働時間 =(月間所定労働時間 × 12)+(月間残業時間 × 割増換算 × 12)
法定外残業は1.25倍換算、月60時間超は1.5倍換算
以下の3パターンで転職前後の実質時給を比較してみよう。
| 現職A社 | 転職先B社(残業同じ) | 転職先C社(残業+20時間) | |
|---|---|---|---|
| 年収 | 600万円 | 700万円(+100万円) | 700万円(+100万円) |
| 月間残業時間 | 10時間 | 10時間(変化なし) | 30時間(+20時間増) |
| 年間実働時間(概算) | 約2,100時間 | 約2,100時間 | 約2,580時間 |
| 実質時給 | 約2,857円 | 約3,333円(+476円) | 約2,713円(▲144円) |
※月間所定労働時間を160時間、残業は1.25倍換算で試算した推計値。
B社(残業変化なし) への転職は実質時給が476円上がり、明確に得。しかしC社(残業+20時間) は年収が100万円上がっているにもかかわらず、実質時給は現職より144円も低下する。「年収+100万円・残業+20時間」の転職は、実質時給ベースでは損になる。
年収アップ額別「損益分岐点(残業増加の上限)」の目安
| 年収アップ額 | 損益分岐点となる残業増加の上限(月あたり) |
|---|---|
| +30万円 | 月 +5〜6時間以内 |
| +50万円 | 月 +9〜10時間以内 |
| +100万円 | 月 +18〜20時間以内 |
| +150万円 | 月 +27〜30時間以内 |
| +200万円 | 月 +36〜40時間以内 |
※現職年収600万円・月間所定160時間・月残業10時間から、残業1.25倍換算で試算した推計値。
ポイントは「年収+100万円」でも残業が月20時間増えると損益分岐点に達するという現実だ。建設業・電気ガス業の平均残業は月10〜11時間(上場企業平均)であり、低残業の業界から転職する場合は年収アップ幅が小さいと実質時給が悪化しやすい。
業界別「実質時給×残業時間」マトリクス|上場4,003社
結論:「高時給×低残業」の理想型は海運・証券・医薬品・不動産。建設・電気ガスは高残業で注意
以下は、TimeValueが算出した業界別の平均実質時給と平均残業時間(上場4,003社、データ最終更新2026年4月)。
| 業種 | 社数 | 平均実質時給 | 平均残業/月 | 業界TEI | コスパ評価 |
|---|---|---|---|---|---|
| 海運業 | 11社 | ¥5,265 | 4.7時間 | 131.8 | ◎ 高時給×低残業 |
| 証券、商品先物取引業 | 36社 | ¥4,935 | 3.1時間 | 114.0 | ◎ 高時給×低残業 |
| 保険業 | 13社 | ¥4,520 | 7.6時間 | 105.1 | ○ 高時給×中残業 |
| 医薬品 | 80社 | ¥4,240 | 3.9時間 | 95.1 | ◎ 高時給×低残業 |
| 不動産業 | 141社 | ¥3,864 | 3.0時間 | 98.4 | ◎ 高時給×低残業 |
| 銀行業 | 78社 | ¥3,853 | 5.5時間 | 91.2 | ○ 高時給×中残業 |
| 建設業 | 154社 | ¥3,766 | 10.6時間 | 87.2 | △ 中時給×高残業 |
| 電気・ガス業 | 28社 | ¥3,734 | 10.9時間 | 88.6 | △ 中時給×高残業 |
| 繊維製品 | 49社 | ¥3,100 | 3.6時間 | 69.7 | △ 低時給×低残業 |
| 小売業 | 320社 | ¥2,834 | 4.8時間 | 68.2 | ✕ 低時給×中残業 |
※上場企業の有価証券報告書から算出した推計値。個社データはTimeValueの時給ランキングで確認できる。
この表から読み取れるポイントは3つだ。
① 「高時給×低残業」の二重に得する業種が存在する。海運・証券・医薬品・不動産は残業が少ないにもかかわらず実質時給が高く、これらへの転職なら年収アップと残業減が同時に実現しやすい。
② 建設・電気ガスは年収は高めだが高残業で実質時給は中位。低残業の業界からこれらへ転職する場合、残業増加が損益分岐点を超えるリスクがある。年収アップ幅と残業増加幅を事前に試算してから判断すべき業種だ。
③ 業界内の個社差も非常に大きい。例えば情報・通信業の業界平均実質時給は約¥3,461だが、光通信は¥12,545と業界平均の3.6倍を誇る。M&Aキャピタルパートナーズ(サービス業に分類)のTEIは339と突出している。業界で大まかに絞り、最後は個社の実質時給で確認するのが正しい順序だ。
転職前に必ずやるべき「実質時給チェック」5ステップ
- 現職の実質時給を計算する:年収 ÷(月間所定時間×12 + 月間残業×12×1.25)で算出
- 転職先の月間平均残業時間を調べる:有価証券報告書の「従業員の状況」欄、または時給ランキングで確認
- 転職後の実質時給を試算する:(転職後年収) ÷(転職先の所定×12 + 転職先残業×12×1.25)
- 現職と転職先の実質時給を比較する:転職先のほうが高ければ転職効果あり。低ければ年収増は「残業代の水増し」に過ぎない
- TEIも確認する:実質時給 ÷ 転職先の平均年齢 = TEI。若い組織で高い時給を得られるかを確かめる(TEIについて詳しくはこちら)
新卒・第二新卒の方は業界×企業のTEIを新卒ランキングでも比較できる。
まとめ:「年収」と「残業」を必ずセットで見てから転職を判断する
| 転職パターン | 実質時給への影響 | 判定 |
|---|---|---|
| 年収UP + 残業変化なし | 実質時給UP | ◎ 転職効果あり |
| 年収UP + 残業増(損益分岐点以内) | 実質時給UP | ○ 転職効果あり |
| 年収UP + 残業大幅増(損益分岐点超) | 実質時給DOWN | ✕ 年収増でも損 |
| 年収変わらず + 残業減 | 実質時給UP | ○ 残業削減だけでも得 |
| 年収少し下がる + 残業大幅減 | 場合による | 要計算(損益分岐点参照) |
2026年春闘で賃上げ5%超の環境が続いていても、転職先の残業時間が増えれば実質時給は現職を下回る。「年収が上がった」という額面の数字だけに惑わされないために、TimeValueの実質時給・TEI・業界別データを活用してほしい。
業界別の実質時給ランキングは時給ランキングで確認できる。また関連記事として、年収が高いのに時給が低い会社の特徴・みなし残業は損か得か・業界別の実質時給ランキング2026も参照することで、業界×個社×残業の3軸で企業を正確に評価できるようになる。
※本記事の計算例・業界データはいずれも推計値。有価証券報告書の平均年収・平均残業時間をもとにTimeValueが算出したものであり、個社の実際の残業時間・年収保証ではない。各社の開示データや口コミ情報と合わせて確認してほしい。