2026年7月、帝国データバンクが公表した調査で、2025年度(2025年4月〜2026年3月期)の上場企業約3,700社における平均年間給与が692.6万円と、データのある2003年度以来の過去最高を更新した(出所:帝国データバンク「上場企業の年収動向調査(2025年度)」、日本経済新聞2026年7月掲載)。前年度(671.1万円)比で21.5万円・3.2%増、増加額・伸び率ともに過去最高という。3年連続5%超の春闘賃上げが上場企業の処遇に反映されてきた形だ。
しかし、この「692万円」という数字だけで転職先や就職先を比較するのは危険だ。年収692万円でも、月の残業時間が0時間か30時間かで、実質の時給は¥3,607から¥2,922へと685円/時も変わる。 年間にして約162万円分のコスパ差になる。
TimeValueでは上場企業4,003社の有価証券報告書(EDINET開示)から、残業割増を補正した「本当の時給(実質時給)」を算出している。本記事では692.6万円という平均年収を時給に換算する具体的な計算方法を解説し、業界別の実質時給データと比較することで「年収の正しい読み方」を示す。
年収692万円の実質時給はいくら?残業時間別に試算
結論:月残業0時間なら¥3,607、月30時間なら¥2,922——同じ年収で685円/時の差
実質時給の計算式は次のとおりだ(TimeValueの算出ロジックと同じ)。
$$ \text{実質時給} = \frac{\text{年収}}{\text{月所定時間} \times 12 + \text{月残業} \times 1.25 \times 12} $$
月間所定労働時間を一般的な160時間として、年収692.6万円(692,600円)を残業時間別に試算すると以下のとおりだ。
| 月間残業時間 | 年間実働時間(補正後) | 実質時給(年収692.6万円) |
|---|---|---|
| 0時間 | 1,920h | ¥3,607 |
| 5時間 | 1,995h | ¥3,472 |
| 10時間 | 2,070h | ¥3,345 |
| 15時間 | 2,145h | ¥3,229 |
| 20時間 | 2,220h | ¥3,120 |
| 30時間 | 2,370h | ¥2,922 |
月残業0時間と30時間では685円/時間の差が生まれる。年間2,370時間(月30h残業の場合)で計算すると、0時間の年間実働時間(1,920h)との比較で約162万円分の「コスパ差」に相当する。
「年収が高いから」という理由だけで残業の多い会社を選ぶと、残業代分だけ分母(労働時間)が増え、時給は必ず下がる。この「見えない損」が、転職後に「年収が上がったのに割に合わない」という感覚を生む。
なお、月60時間を超える残業は割増率が1.5倍に上がる。上場企業の月平均残業は後述のデータで最大業種でも約11時間であるため、今回の試算範囲(0〜30時間)では1.25倍のみ適用している。
業界別の実質時給——「同じ上場企業」でも¥2,834〜¥5,265の約1.86倍差
結論:年収の高い業界と時給の高い業界は一致しない——残業時間が分けている
「平均692万円」は全業種の平均だ。業界によって年収も残業時間も大きく異なる。TimeValueの上場4,003社データ(2026年4月更新)で業界別の平均実質時給を算出すると、最高の海運業(¥5,265)と最低の小売業(¥2,834)では約1.86倍の差がある。
| 業種 | 対象社数 | 平均実質時給 | 平均残業/月 | 業界TEI |
|---|---|---|---|---|
| 海運業 | 11社 | ¥5,265 | 4.7時間 | 131.8 |
| 証券、商品先物取引業 | 36社 | ¥4,935 | 3.1時間 | 114.0 |
| 保険業 | 13社 | ¥4,520 | 7.6時間 | 105.1 |
| 医薬品 | 80社 | ¥4,240 | 3.9時間 | 95.1 |
| 不動産業 | 141社 | ¥3,864 | 3.0時間 | 98.4 |
| 銀行業 | 78社 | ¥3,853 | 5.5時間 | 91.2 |
| 建設業 | 154社 | ¥3,766 | 10.6時間 | 87.2 |
| 電気・ガス業 | 28社 | ¥3,734 | 10.9時間 | 88.6 |
| 情報・通信業 | — | ¥3,461 | — | — |
| サービス業 | 561社 | ¥3,108 | 4.5時間 | 80.0 |
| 小売業 | 320社 | ¥2,834 | 4.8時間 | 68.2 |
出所:TimeValue、上場4,003社の有価証券報告書データ(2026年4月時点)。TEI=実質時給÷平均年齢。
注目すべきは建設業(¥3,766・月10.6h)と不動産業(¥3,864・月3.0h)の対比だ。実質時給の差はわずか¥98/時だが、残業時間は不動産業のほうが月7.6時間少ない。つまり不動産業に転職すれば「ほぼ同じ時給水準で年間91時間多く自由に使える」ことになる。額面年収だけを比べれば見えてこない実態だ。
TEI(タイム効率指数、実質時給÷平均年齢)でも業界差は鮮明だ。海運業(131.8)と小売業(68.2)では約1.93倍の差があり、20代・30代にとっての「若いうちの稼ぎ効率」は業界によって倍近く変わる。
「年収が高い業界」と「時給が高い業界」は同じではない
結論:残業の多い業界は年収に残業代が含まれており、時給換算すると順位が入れ替わる
上場企業の業界別「高年収ランキング」で上位にくる建設業や電気ガス業は、実質時給ランキングでは中位以下に沈む。その理由は残業時間にある。
建設業(月残業10.6h)と証券業(月残業3.1h)を比べると:
- 建設業:月10.6時間の残業代が年収に上乗せされている。しかしその分だけ年間127時間多く働いているため、時給に直すと¥3,766に留まる。
- 証券業:残業が月わずか3.1時間。その短い労働時間で¥4,935の時給を実現している。
「残業代で年収が水増しされた業界」と「純粋な基本給で高時給を実現している業界」は、額面の年収を並べただけでは判別できない。これがTimeValueが「実質時給」を算出する根拠だ。
個社レベルでは業界平均を大きく超えるケースも
業界平均はあくまで目安であり、個社差は非常に大きい。TimeValue全社ランキングの上位企業を見ると:
| 順位 | 企業名 | 業種 | 平均年収 | 実質時給 | 月残業 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 株式会社光通信 | 情報・通信業 | 2,409万円 | ¥12,545 | 0時間 |
| 2 | M&Aキャピタルパートナーズ | サービス業 | 2,266万円 | ¥11,801 | 0時間 |
| 3 | インテグラル | 証券業 | 2,136万円 | ¥11,123 | 0時間 |
| 4 | 株式会社キーエンス | 電気機器 | 2,039万円 | ¥10,620 | 0時間 |
| 5 | 三井物産 | 卸売業 | 1,996万円 | ¥9,925 | 6.1時間 |
出所:TimeValue、上場4,003社の有価証券報告書データ(2026年4月時点)。
上位企業はいずれも「残業ゼロまたは極めて短い」という共通点を持つ。情報・通信業の業界平均¥3,461に対し、光通信は¥12,545と3.6倍。サービス業(業界平均¥3,108)に対し、M&Aキャピタルパートナーズは¥11,801と3.8倍だ。「業界で絞り、個社で確かめる」ことが不可欠だ。
転職前に「実質時給」で現職と志望先を比較する手順
結論:3ステップで「年収アップが本当にコスパ改善になるか」を判定できる
転職の際には以下の3ステップで実質時給を比較することを推奨する。
ステップ1:現職の実質時給を計算する
現在の年収と月間平均残業時間(給与明細や就業規則で確認)から、自分の実質時給を算出する。
例)年収580万円・月残業15時間の場合 5,800,000 ÷ (160×12 + 15×1.25×12) = 5,800,000 ÷ (1,920 + 225) = 5,800,000 ÷ 2,145 ≈ ¥2,704/時
ステップ2:志望先の実質時給を確認する
TimeValueの時給ランキングで志望企業を検索し、実質時給・残業時間・TEIを確認する。有価証券報告書(EDINET)の「従業員の状況」欄でも月間平均残業時間を直接確認できる。
ステップ3:「年収アップvs残業増加」の損益分岐点を計算する
転職先のほうが残業が多い場合、年収アップ分が残業増加で相殺されることがある。月残業が+20時間増えた場合、年収+100万円でも実質時給はほぼ横ばいになるケースが多い(詳細は転職で年収100万アップが損になるケースを参照)。
「実質時給が現職より上がるか」が、コスパの高い転職かどうかの正確な判断基準だ。
まとめ
| 確認項目 | 判断基準 | 確認方法 |
|---|---|---|
| 年収692.6万円の実質時給 | 月残業により¥2,922〜¥3,607の幅がある | 本記事の計算表 |
| 現職の実質時給 | 自分の年収と残業時間で試算 | 上記の計算式 |
| 志望先の実質時給 | 業界平均(¥3,607前後)を上回るか | TimeValue時給ランキング |
| 残業時間の業界差 | 最短の不動産・証券(月3時間台)〜最長の電気ガス・建設(月10時間超) | 本記事の表 |
| 個社確認 | 業界平均の2〜4倍の個社が存在する | TimeValue時給ランキング |
2026年7月時点で「上場企業の平均年収が過去最高692.6万円」というニュースは、賃上げの成果として明るい。しかしその692万円が「何時間働いて得た年収か」によって、1時間あたりの稼ぎ(実質時給)は¥3,607から¥2,922へと大きく変わる。業界によって残業時間は月3時間台から11時間台まで3〜4倍の差があり、同じ年収でも時給は1.86倍の格差につながる。
転職の判断軸を「額面年収の高低」から「実質時給×残業時間の2軸」に切り替えることで、「なんとなく年収が上がった転職」ではなく「本当にコスパが改善した転職」を実現できる。業界・企業ごとの実質時給・TEI・残業時間はTimeValueの時給ランキングで一覧検索できる。新卒・第二新卒の方は新卒ランキングで初任給ベースの実質時給も確認してほしい。
関連記事として業界別の実質時給ランキング2026、転職で年収100万アップが損になるケース、金融業界の実質時給比較も合わせて参照されたい。
本記事の実質時給・業界平均・残業時間は、EDINETに開示された有価証券報告書を基にTimeValueが算出した推計値です(対象4,003社、データ最終更新2026年4月)。上場企業平均年収692.6万円は帝国データバンク「上場企業の年収動向調査(2025年度)」(2026年7月公表)を出典とし、日本経済新聞の報道に基づきます。推計値の性質上、個別企業の判断に際しては最新の開示情報も合わせてご確認ください。